【超超高感度磁気センサへの旅】
-- まずは地磁気350ミリガウスより小さな変動を調べてみよう! ---

作成日 2009/02/07


【磁気センサの応用】
 昔話

 戦時中にドイツ軍が開発した機雷には磁気センサが装備されたものがあったそうです。 磁気センサといっても電子回路で作られたものではなく、磁気コンパスを用いたようなメカ的なものだったようですが...。戦艦は高透磁率性材料である鉄でできているため地磁気が引き込まれる性質があります。 この地磁気の引き込み現象によって、戦艦が通過すると周囲の地磁気が変動します。この機雷は普段は海底にあるが、戦艦の通過に伴って地磁気が乱れるので、これを検出して浮上し、爆発するものであったとのことです。
 これに対抗するため電磁磁石を小型艇に曳航させ、わざと地磁気を乱して機雷を浮上させて掃海作業をしたとも聞いています。
 
 
 
 

【セキュリティー応用】
自動車やトラックの侵入を検出
 

 近年、夜間に農作物や銅線をごっそりと盗む犯罪が増加してきました。これらの犯罪に共通することは、自動車かトラックで現場に乗りつけて行われたはずだということです。大量の荷物を運ぶためにはそうせざるを得ないはずだからです。
 ところで、高感度な磁気センサを使って実験をしていると、とても困ることが多々あります。そのひとつは自動車やトラックが実験室のそばを通過すると、地磁気が変動して環境磁気雑音となることです。
 ここで上述の磁気センサ付き機雷の話を思い出しました。
 であれば、自動車やトラックの侵入を磁気的に検出するセンサは、上記の盗難防止に有効なはずです。車両での侵入経路は限られている場合が多く、少ない磁気センサ数でも防御できるはずです。 乗り付け盗難用トラップを仕掛けるならこれが一番でしょう。
 
 
 
 

【パッシブな見守りセンサ】

  自動車やトラックは磁性体の塊 と言えます。構成部品のうち、車軸は特に大きな磁性体なので地磁気を引き込む性質が強く、地磁気を大きく変動させます。(地磁気によって車軸が分極し、磁石が移動するという考え方もあります。)
 お地蔵さんなどに偽装した高感度な磁気センサは、自動車やトラック に起因する地磁気変動を確実にとらえることができます。しかも、道路幅が大きくても、 自動車がゆっくり通過しても検出することができます。赤外線センサと違って悪天候でもOkです。

Keywords: ネットワークセンシング, 見守り, パッシブセンサ, 磁気,
                環境, セキュリティー, リモートセンシング
 

【見守り磁気センサ回路図】

 以下に簡単な磁気式見守りセンサの回路例を図示します。どちらもHoneywell社製HMC1021Sを用いた磁気センサです。図1はDC電圧駆動型磁気センサの回路図、図2は同期検波方式の磁気センサの回路図です。数m幅の道路でも道路脇に設置しておけば、道路を通る車両の通過を確実に捕捉することができます。
 このセンサは完全パッシブなセンサであり、ブロック塀の反対側に設置していても車両に敏感に反応するため、侵入者に発見される恐れはありません。夜間にトラックや乗用車で畑や倉庫から農産物や原材料等をごっそりと盗み出すけしからん輩に対して極めて有効な防御手段となるでしょう。トラックなら20m離れていても検出できます。
 
 
  【回路図1】単純なMRセンサの例


 
 
【回路図2】同期検波方式MRセンサの例

 

【性能について】

 ●同期検波方式の磁気センサの検出感度は地磁気(南北)に対して概ね±8V変化します。
 ●大体、50ミリガウス/Vの検出感度があります。
 ●本磁気センサの近くに商用送電線が敷設されている場合には数ミリガウス程度の交流磁気ノイズも明瞭に観測することができます。磁気検出方向が送電線と並行になるとき、この交流成分が0になるので環境磁気ノイズの原因となっている送電線を特定することができます。
 ●直流き電方式の電車の線路が数100m以内にあれば、架線電流の増減に伴う環境磁気ノイズも観測できるはずです。
 ●また、エレベーターの昇降や自動車の通過に伴う磁気変動も検出することができます。
 ●ネオジウム磁石なら2mくらい離れていても検出することができます。なので、高価な骨董品や絵画の額縁などに小さなネオジウム磁石を張り付けておけば運び出そうとする際に検出して警報を出すようなシステムを作ることもできるでしょう。
 

【追加情報】

回路図2でアナログ同期検波方式の回路を例示いたしましたが、是非、PDM (Pulse Density Modulation)技術もご参照ください。直交同期検波など磁気センサの回路をディジタル化するためのヒントとなるでしょう。
●東工大『ノイズ拡散抑制法』により、広帯域を使用することで低周波磁界を超高感度で計測する方法が別に存在しています。従来SQUIDでなければ計測できなかった心磁計/脳磁計を常温センサで構成することが可能です。但し、センサの感度を上げれば環境磁気ノイズもひろってしまうので、アクティブ磁気シールド技術が必須となります。
 

【地磁気変動の要因】

 高感度な磁気センサを用いて長時間観測をしていると地磁気は一定ではなく、実は絶えず変動していることがわかります。この地磁気変動の要因には次のようなものがあります。
 
 
  【太陽風と地球自転の影響】
 北極点と南極点は地球の自転軸上にありますが、地磁気の磁束方向は自転軸に対して少し傾斜しています。さらに太陽から飛んでくる荷電粒子の影響で、地磁気は空間的に対称なフィールドではなく、太陽側は少し圧縮し、太陽と反対方向には伸ばされた歪なフィールドになっています。
 このため地球の自転によって観測点の位置が変わると、地磁気も1日周期で変動することになります。また、太陽風は太陽活動の活発さによって複雑に変化するので、地磁気もまた複雑な変化をすることになります。 

 
 
  【直流き電方式の鉄道の架線電流の影響】
 地磁気変動の要因は、実は人間の経済活動にも深く関係しています。電車の架線には数千アンペアもの大電流が流れています。電車が近くを走っていなくても、同一変電所による給電区域内で電車が走っていれば架線には大電流が流れています。特に電車が加速や減速する時にはトルクが変動するので架線電流も変動することになります。
 日本では直流き電方式の鉄道が多いので、私鉄や地下鉄の沿線沿いでは架線電流の変動が原因である環境磁気ノイズを観測することができます。
 磁気変動の大きさは、鉄道から300m〜500m離れても4ミリガウス〜10ミリガウスにも達します。鉄道のすぐ近く(50m以内)なら50ミリガウスを超えることもあり、磁気コンパスを持って観測すると、北を指し示す方向が不安定に変動する様子を見ることができます。てっとりばやいのは直流き電方式の鉄道(概ね私鉄)の駅のホームで磁気コンパスの指し示す方角の変化を見てください。地下鉄が下を通っている場所なら地上でも磁気変動を観測できるでしょう。
 精密な磁気計測を行う機器や高性能半導体製造設備で使うEB(電子ビーム)露光装置ではしばしばこの磁気変動(=環境磁気ノイズ)が障害となります。EB露光装置の場合、環境磁気ノイズによって発生するローレンツ力で電子ビームの方向が曲げられてしまうので、3重のパーマロイ・シールドが使われているようです。
 微弱光を検出する装置に使われている光電管も光が当たってはじき出される光電子を検出しているので、環境磁気ノイズの影響を避けるためにパーマロイ・シールドを被せる場合があります。
 


 
  【交通やエレベータの影響】
 心臓の心拍動に伴って、心筋が収縮や弛緩する際には心筋内に微小電流が流れるのですが、これによって地磁気の100万分の1程度の微弱な磁界(心磁:MCG [Magnetocardiogram]と呼ばれる。)が発生します。超電導量子干渉素子(SQUID:Superconducting Quantum Interference Devices)を用いた磁束計や光ポンピング磁束計等を用いればMCGを観測することができます。これは虚血性心疾患の診断等に有効と考えられるのですが、病院内でこれを使う場合には、エレベータの昇降や近くの交通が障害となります。乗用車やトラックだけでなく、エレベータにも錘として鉄が使われており、地磁気を引き込む地磁気収束体となるためです。
 
 

 
  【その他の要因】

●風による建物の構造振動
 高層の建物には構造を支えるために太い鉄骨が使われています。地震がなくても風が吹けば建物は揺れます。風による建物の振動は普段人間には感じられない程度のものですが、高感度な磁気計測を行う機器ではしばしばこれが問題となることがあります。概ね10Hz強の磁気ノイズとなるようです。

●時計に組み込まれたステッピング・モーター
 殆どの針表示(アナログ)式腕時計や壁掛け時計にはステッピング・モーターが組み込まれています。これらは矩形波状の磁気ノイズを発生します。

●空調機のファン・モーター
 エアコンや空気清浄機、扇風機に組み込まれたファンにはモーターが搭載されているので、回転に伴って環境磁気ノイズが発生します。

●送電線を流れる交流電流が発生する商用電源交流磁気ノイズ
 右ねじの法則によって架線電流は同心円状の交流磁界 を発生します。通常の屋内配線は2本の導線が束ねられたケーブルが使われているので、各々の導線を流れる電流の向きが反対方向であるため、磁場が相殺され、一般家庭 では2〜7ミリガウス 程度の磁気ノイズとなります。しかし、古い家屋の屋内配線では碍子を使った配線が行われているケースがあります。この場合は相殺効果が薄く、10ミリガウスを超えることもあります。

■自動車やトラックの通過に伴う地磁気変動
 車種や通過方向によって変動幅が異なります。1〜10ミリガウス
■直流き電方式の電車への送電電流が作る磁界変動
 300m〜500m離れて4ミリ〜10ミリガウス程度
 
 

 

【今後の予定】

 現在、乳がん等のがん転位の有無を診断し、術後の治療方針を決定するために行われているセンチネル・リンパ節ナビゲーション手術において、医療承認済み磁性流体をマーカーとして用いる磁気プローブを研究・開発しています。これには10μg程度の鉄量の磁性流体の滞留するセンチネルリンパ節を検出する感度が要求されます。
 ところが、これほどの高感度磁気計測になると、エレベータの昇降だけでなく、鉄製扉の開閉、隣接階の椅子の移動さえも測定障害要因となり得ます。
 従来は環境磁気ノイズを遮蔽するために、パーマロイという高透磁率性材料を使った磁気シールド・ルームが使われてきましたが、パーマロイは高価であり、重量も重く、密閉空間である等の問題がありました。
 我々は、高感度磁気センサを使った電子回路による3次元アクティブ磁気シールド技術を研究・開発してきました。これは複数のコイルで取り囲まれた3次元空間内に人工的にゼロ磁場空間を発生させるバリアのような技術です。
 今後、簡単なアクティブ磁気シールド法の動作原理や電子回路について説明するドキュメントを公開していく予定です。
 その後、さらに別技術を用いた虚血性心疾患を診断するための心磁計測システム(常温型)についても触れていく予定です。
 これらの技術の一部公開によって、センチネルリンパ節検出用磁気プローブや、虚血性心疾患診断装置が単なる磁気センサの技術では決して成立しない高度な技術の集合によってはじめて実現するものであり、数年程度の研究・開発ではまねのできないものであることがおわかりいただけるものと思 います。
 まず、地磁気の100分の1程度の変動を計測する磁気センサを使って、微弱磁界計測の奥深さを体感していただければと思います。